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優しさと悲しさと別れ

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『キューバ・ビニャーレス』
ローカルバスで奥地まで行った際の帰りにヒッチハイクを試みたところ、馬車で移動中のこちらのおじさんが乗せてくれ送り届けてくれた。
その後、お礼をしようとするも受け取ってくれず、そのまま笑顔で去って行った。
優しさと一部始終に感動し、キューバが好きになったきっかけとなった人。


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『キューバ・トリニーダ』
トリニーダ近郊の村を歩いていた時にこちらのおじさんに声をかけられる。
会話をした後、興味を持ち、おじさんの馬車に乗っておじさんの宅へ。
見ず知らずの僕を受け入れた頂き、食事をご馳走になる。
またもやキューバの方々の優しさに感動し、キューバの人々が大好きになっていった。


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『キューバ・トリニーダ』
トリニーダ近郊の漁村を訪れた際の帰り道。帰りの馬車を探す為にウロウロしていると声をかけてくれたおじいさん。
馬車乗り場を教えてくれた上に、馬車代まで見ず知らずの僕に出してくれようとした。
キューバと日本の物価差を知っていたからこそ、その行為に驚いたが気持ちだけ受け取り感謝の気持ちを伝えた。


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『キューバ・ハバナ』
ハバナ近郊の漁村に訪れた帰りのバス停での出来事。
バスを待っていると、1人の少女が僕に興味を示しているようでニコニコしている。
いろんな動画や写真を見せてるうちに、僕のiphoneは少女の遊び道具に変わる。
その後、なぜか意気投合し、一緒にサルサを踊りながら楽しいひとときを過ごした。
キューバ滞在10日目あたりの、この頃にはキューバの人々の親切さや人懐っこさに完全に虜になる。


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『キューバ・ハバナ』
クリスマスの日、キューバの音楽に触れようとBARに向かう途中に、おじいさんが窓越しにアジア人の存在に気付く。
君たち、もしかして中国人か!?と興味津々のおじいさん。
日本人ですと答えると、なんだって!?と、さらに驚き。
その後、なぜかクリスマス会開催中のおじいさんの家にお呼ばれし、お酒を頂いたり、一緒にサルサを踊りながら楽しいひとときを過ごす。


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『エクアドル・グアヤキル』
事件直後の恐怖に包まれる中、エクアドル・グアヤキルへ。
バスの中で知り合った夫婦に一部始終を話すと、目的のホテルまで送り届けてくれた上にバス代まで出して頂き、エクアドルの方々の優しさに触れる事になる。
バスの中ではその友達の方々も僕を受け入れてくれ、楽しいひとときを過ごす事になる。


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『エクアドル・グアヤキル』
グアヤキルの有名地、サンタ・アナの丘を訪れた際、丘の上に登る事に不安を感じた僕は前を歩いていた夫婦の後ろをついて行く事に。
途中で気付いて頂き、その後、一緒に観光する事に。
夫婦はエクアドルの首都キトから観光で訪れていたようで意気投合し、その後、ビールや食事等をご馳走になり、会話等に花が咲いた。


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『エクアドル・グアヤキル』
ペルー行きのバスチケットを買う為、バス会社へ。
仕事終わりの時間だったらしく、ゲームを楽しんでるところ、僕も参戦。
日本人とサッカーゲームが出来るという事で、みなさん僕との対戦に興味津々で順番待ちが出来ていた。
その後、楽しい時間を過ごし、楽しく過ごせた思い出の1つ。
今でもたまに連絡があり、親切にしていただいた方々。


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『ペルー・クスコ』
世界遺産クスコの街に留まる事、数日。
現地の方々と交流しようと広場周辺で現地の方々と話してたところ、声をかけられ、日本語に興味があるようで、その後、日本語の授業。
仲良くなった事でマチュピチュのバスチケットを安くしてくれたり、暇な時は何度か訪れてお話ししてたり。
日本の事を興味持ってくれてる姉妹との出会い。


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『ペルー・クスコ』
ボリビア・ラパス行きのバスチケットを買う為、ローカルバスに乗ってバスターミナルへ。
どこで降りたら良いか分からず、乗客に聞いてたところ、1人のおじさんが目的地が同じという事でバスターミナルまで連れて行ったもらった。
キューバ、エクアドルに続き、ペルーの人々にも親切にして頂き、優しさをかみしめた出来事。




中南米の旅を通じて、いろんな方々に優しくして頂いた。
その度に、もっとスペイン語で自分の気持ちを伝えたいという気持ちになった。
特にエクアドルの首都キトでは初めての南米という事で分からない事が多く、たくさんの方に道などを聞く中で、多くの方々が親切に教えてくれ、その優しさに触れるとともに、自分自身のスペイン語の喋れなさを痛感し、スペイン語に対しての向上心や必要性を大きく感じさせられた。



そして独学に限界を感じ、ボリビア・スクレでスペイン語留学をする事を決断した。
ボリビアでも人々は優しく、訪れたラパス・ウユニでも交流する機会があり、改めて南米の方々の優しさや交流のしやすさを感じた部分もあった。
特に嬉しい気持ちになったのはラパスにある日本食レストラン・けんちゃんでのひと時だった。



初めてのけんちゃんに浮かれる僕。
一人楽しく、日本食を楽しんでる中、前の大テーブルで誕生日会が始まった。
家族や友達に祝ってもらってると思われる。
けんちゃんのメニューは1つ600円程し、150円〜200円くらいで1食出来るボリビアの物価の中では決して安いとは言えない。



そんな中、日本人がいつも歌うHAPPY BIRTHDAY TO YOUの歌とスペイン語のFeliz cumpleanosの歌と2バージョンで周りは歌いながらお祝いしている。
僕は、あえて日本食レストランを予約して選んだという事と、日本用の誕生日おめでとうの歌を歌っている事から誕生日の主役は日本好きな人なのかなと判断しながら、その一部始終を眺めながら、けんちゃん定食を食べながら、その一部始終とけんちゃん定食の美味しさに感動していた。



食事を終え、会計を済ませ、外に出ようと誕生日会が行われているテーブルを通り過ぎる。
その様子を眺めながら…。
すると、その中の1人が僕の方を見ながら、ニコッと笑顔を見せてくれた。
(たぶん日本人と気付いたという事もあってかと思われる。)
僕もニコッと笑顔で返す。
そして、すぐに機転を利かせ、たまたま持っていたペルーで買ったお土産をプレゼントしてあげた。



その予想してなかったであろうと一部始終に主役は驚きと喜びの表情に変わった。
とても嬉しそうだった。
すごく日本が大好きだって事が僕にも伝わってたし、だからこそ、何かしてあげたかった。
ボリビアという遠く離れた国でも日本の事に興味を持ってくれてる人がいるっていう目の前の現実。
それだけで僕の心は嬉しくて仕方なくて、喜ばせる事が出来た事に日本人として誇りに思えた気がした。
もっと日本の事が好きになってもらえたら嬉しいなって。



そして、スペイン語留学の舞台となるボリビア・スクレへ。
日本人に有名なウユニの街からバスで8時間程、東に移動した場所にある。
様々な思いや感謝の気持ちが僕自身のモチベーションへと繋がる。



時期は南米3大カーニバル。
南米全土でカーニバルは行われ、もちろんボリビア・スクレでもカーニバル開催。
スペイン語の勉強をしたいところでもあるが、ここは友達作りを最優先しようと自ら参戦。
多くの人々に出会う事が出来た。
その一方でブログには書かなかったが、現実を痛感する事になる。
多くの人々が外国人である僕をカーニバルの中に迎え入れてくれ、お酒等を飲みながら一緒に過ごす中、一部の人が僕にお金を払えと強制してくる。



もちろんチームのリーダーでもない人。
リーダーは僕を受け入れてくれてるが、一部の人にとっては僕は外国人であり、外国人=金持ちとしてしか思ってないようだ。
もちろん、お金を払わないといけないルールなんて存在しない。
すかさず、マリアーナちゃんがお金払う必要ないのに何言ってんの、あんたら!と止めに入ってくれる。



ボリビアは、南米の中でも最も貧しい国の1つ。
給料も警察、医者、銀行員など一部を除くと月に3〜4万円くらい。
そこを理解して気をつけて行動しないといけないと痛感させられる。



カーニバルも終わった事で今まで祝日だったスペイン語学校を通常通り開いた事で気になっていたスペイン語学校に行き、学校、ホームステイ先を変えて僕のスペイン語留学の日々は始まる事に。
ホームステイ先は教室の隣。
庭を挟んで学生寮がある。
学生寮は、先生の姉夫婦が管理していて、食事などは先生と先生の娘と一緒にとる。



大きなモチベーションとともに始まった学校生活。
先生の親切心から、昼食時などは先生の友達や学生なども誘ってくれ、よりスペイン語を話す機会を与えて下さった。
ここまでは順調だった…。



毎日、昼食をとる中で、ある1人の行動にずっと引っかかてたが、まさかと思い気にせず過ごしてた。
そして確信させられる出来事が起きる。



とある昼食時、1人の学生が僕に、
おい、チーナ、注文は何にする?あ、チーナじゃねーや、間違った間違った。
間違いなく悪意ある形で僕に示して来た。
そして別の友達にワチョー、ワチョーと明らかにアジア人を差別・バカにしてる行動が目に見える形でとられた事で僕の気持ちに複雑な感情が芽生え始める。



昼食後の授業で先生に起きた事実を全て伝え、歴史等についても説明せざるを得なくなる。
チリーボリビアの深い歴史があるように、日本ー中国にも複雑な歴史が存在する。
僕は中国人じゃないし、以前、中国人じゃない日本人だって伝えた事もあったのに、なぜしつこく呼び続ける?
怒りの感情をぶつけた。
それと、もう言わないように伝えて欲しいという事を伝えてもらうようにお願いした。



授業時間が、全く進まずに、くだらない事に時間がとられてしまった…。
でも授業料は払う…悪循環にイライラし始める僕。



でも相変わらずアジア人に対する人種差別が終わる気配がない。
また別の日、部屋にいたところ、僕の部屋の前を通り過ぎる際、わざとチーノ〜とバカにするような言い方で言い放って行った。
僕がいないと思って言ったのかもしれないが僕の耳には入っていた。
すぐに窓越しに誰が言ったのか確認した。
そいつだった。
でも隣に先生もいた。



翌日の授業で、またもや授業が進められず、その話になってしまう。
怒りの感情をぶつける。
先生はすかさず、注意していたようだが、注意しても直らないようで話にならない。



もし自分たちがチリ人って言われたらどういう気持ちになるんだよ?
昔、戦争時に襲撃されたという悲しい歴史があるんじゃないのか?



いろんな歴史や現実が存在するけど、僕は常に心の中に留めて言わないようにしてきている。
ボリビアの歴史の深くは知らないけど、チリ人って呼んだら人々が悲しむ事だった理解してるから絶対に言ったりしない。
常に人々に対して敬意を払う事は重要。
世界中を旅してると様々な現実と向き合わなくてはならない事だってある。
世界中に、物乞いがいて、お金を要求して来る事だってある。
でも決して、物乞いの方々に、貧乏人!あっち行け!とか、そういう感情が芽生えても絶対に口にする事はなかった。



どんな人であっても感情は存在するし、1人の人間なんだ。
だから、敬意に欠くような行動はしないように心がけていた。



明らかに今起きてる現実は、敬意が欠けてるし、ありえないよ。
歴史の話や人という事に関して深い話をするが、この時間も授業時間…。
授業が進まず、授業料を払って、この話をせざるを得ない自分自身の現状に余計にイライラが募る…。



とともに、僕の中に秘めていたスペイン語に対するモチベーションが大きく落ち始める…。
スペイン語が上達すればするほど、皮肉にも、何を言ってるのかが理解出来てしまう…。
こんな思いする為に、スペイン語勉強してる訳じゃないんだ…。



モチベーションが落ちて行く中で、こんなやつ相手にしちゃダメだ…。
たかが、こんな事でモチベーション落とすなんて、もったいない…。
複雑な感情の中、時間が過ぎて行く。



一方で、ブログも同じときにして難しい状況を迎える…。
1つのコメントにムキになった僕は、そのコメンターに対してやり過ぎてしまった行動に出た事で、多くの非難や心無いコメントが届いていた。
相手の謝罪によって、僕自身も冷静さを取り戻し、反省する事になるが、相変わらず心無いコメントは収まる事はなかった。



現実でもネットでも心無い言葉が飛び交っている現実を思い返していると、なんだか涙が溢れていた。



授業時間に話した結論は、差別行動をしているボリビア人に学生寮から退去してもらうという事で話がついた。
というのも、他の学生に対しても差別行動を行っていたからだ。
欧米人やカナダ人はアメリカ人と呼ばれる事を強く嫌がる。
それを知ってるのか知らないのかは不明だが、フランス人の学生に対してアメリカ人と呼んでいたという事もあり先生側からしてみたら営業妨害にもなるし、先生の娘にも悪影響を与えてしまうからだ。



翌日、いつ退去するのか確認した。
だが、退去はしない、次にまた言った時は退去するという事で、怒ったとの事だ…。



僕の中で先生に対する不信感も芽生え始める…。
僕の怒りの感情は先生にも伝わっている。
その事を本人にも伝えたと思われる…。
その日以降、その友達等の一部の学生の僕に対する態度が変わった。



たぶん、一連の流れを周りに言ったのだろう。
ボリビア人からしてみたら、中国人っぽいから中国人と言っただけで何が悪いの?
冗談じゃん、怒る意味分からないしっていう風に捉えてるかもしれない。
国や歴史が異なる分、その本人でなければ理解出来ない事が多いと思う。
ただ、理解はされてないのだろう。
そういう風に周りを含めた態度が変わったところを見ていると。
お前らだってチリ人て呼ばれたら、ぶち切れるくせにと心の中では思いながらも…。



日本人旅人からよく聞くのは旅中に外国人からチーノと呼ばれる事を強く嫌がる事。
日本にいると、そのような光景に出会う事も無く感じる事はなくても、海外にいるとそのような光景に出くわす事は多い。
歴史の問題は難しいから、どうこう口を出せる立場ではない。
中国人や韓国人の友達が出来た時はお互いに理解し合ってるからこそ、絶対に歴史の話はしない。



もし、その話をしたら、お互いの友情関係にゆがみが生じる可能性がある事を理解しているし、今の仲の良い関係が続いてるからこそ、そのまま保っておきたい気持ちもある。
それを強く痛感したのは、ラオスで韓国人のムーンと旅をしていた時の話。
当時、2人でマンチェスターユナイテッドに移籍して数ヶ月の香川真司選手がハットトリックをした試合を2人で動画サイトYOU TUBEで見てた時にそのコメント欄に韓国語で書かれているコメントがあった。



もちろん理解出来ないので、ムーンに何て書いてるのと聞いたところ、ムーンはこわばった様子で、日本人に対しての差別的な発言。
でも、気にしなくていいよ、こいつはバカだよとすかさず、日本人の僕をカバーするように教えてくれた。



ムーンもお互いの国の事は分かってる。
でも政治や歴史と人々は全く別もの。
お互いに分かってるんだなと感じた。
多くのマスメディアに様々な偏見になりがちがだ、実際に中国を旅した時に現地の方に親切にされる事もあった。
韓国の旅人と友達にもなった。
マスメディアはいろいろ言うけど、僕は人々は良い人だと感じている。
全部がそうとは思わないけど、僕が出会った人達は。



でも、僕たちは日本人という誇りがあり、アジア人を総称してかチーノと呼ばれる事を嫌がる。
外国人の中国へのイメージ。
それは偽物ばかり作ってる。
日本人である僕たちが、そういう風に思われるのも、もちろん嫌。



特にキューバではチーノと必ず言われる為、旅人の好き嫌いがはっきりする国の1つである。
メキシコを旅していると多くの旅人がキューバに行って来たか、または行く人なので必ず、キューバの話題になり、その中でチーノと呼ばれる事が話題に上がる。
その中で4年程、世界を旅人に印象に残る言葉を言われて事があった。



キューバの人はアジア人=中国人って思ってるから決して悪意があって言ってる訳じゃないよ。



この言葉は僕の中で大きく響いた。
チーノと呼ばれるから嫌って思うんじゃなくて、相手が分かってないからそう呼ぶんだって。
その言葉のおかげで、僕のキューバでの旅は見方が変わった。
確かに、キューバの多くの人が、チーノと呼んでくる事実に変わりはない。



でも、よく見てみると、どちらかというと悪意があるというより、珍しさに、おーアジア人がいるぞというのをチーノ!と呼んでる感じ。
中にはチーノ?ハポン?と質問して来て、ハポンと答えると、予想的中したようで満足げにそれだけ聞いてどこかに行く面白い人もいる。
中には最初からハポンか?と聞いて、そうだと答えると、松坂!大阪!とか知ってる日本情報を披露してくる人もいる。
単純に人懐っこいところもあり、時にチーノと呼ばれ過ぎる事に嫌気がさし、キューバが大っ嫌いになる旅人も多くいるようだが。



でも、今回のケースは全く違う。
何度も日本人と言っているのに悪意ある形で、わざと人種差別が行われている。
しばらくモチベーションという部分を含めて難しい感情にさせられる…。
授業は集中力が明らかに欠けているのを感じていて、つまらない事に気持ちがぶれている今の現状に余計にイライラが募る…。



過ぎて行く日々…。
でも1度崩れ始めた周りと僕との関係は戻る事はない。
自分自身の感情含めて、人の感情の変化を自分自身が捉えている事に徐々に気付き始める…。
絶対に口に出してはいけない感情であり、思わないように努めて来た感情…。
その感情が、自分自身が傷つけられる事で芽生え始めている事に気付いた。



お前ら、貧乏人だから、心が醜いんだろ。
だから、バカな行動するんだよ。



僕が明らかに悪意のある人種差別を受けたのはヨルダンに続いてボリビアが2カ国目。
スクレの街中を歩いていても、たまに痛感する事はある…。



このような感情になってしまう事は、決して許される事ではない。
でも、憎しみや怒りの感情が徐々にそのような気持ちに自然とさせられてしまう…。



全ての人間がそうではないし、優しくして頂いた方は多くいる。
でも、今受けている人種差別という現実から目を背ける事は出来ない。
1部の人間によって大きく、その国のイメージは変わってしまう。



その後の2週間、なんとか気持ちを前向きに捉えて勉強しようと心がけて授業を受けて来たが、心の中の怒りや憎しみの感情が消える事は無かった…。



そして、僕の中に芽生えた、貧乏人だから心が醜いんだよという気持ちも消える事はなかった…。



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こんな感情が芽生えたまま、当初予定していた、スクレにVISAを延長して滞在するという事が良い結論とは思わなかった。
だから、次の街に行くチケットを買いにバス会社へ向かった。
長期滞在する事で多くの人々と交流する部分が増えた。
たくさんの良い部分が見れた一方で、残念な気持ちにさせられる部分もあった。
でも、僕が見たかった本当の現実が見れた事が僕自身においての収穫でもあり、目的でもあったので後悔は全くしてない。
親切にしてくれた方も多くいて、別れるのが惜しい街の1つでもあるのだから。


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3日後にスクレを出るバスチケットを購入した夜、広場で座りながら物思いに更けていた。
あえて3日後にしたのは、この街に別れを告げる気持ちの整理をつける為。
もう2度と戻って来る事はないかもしれない。
ここで出会った仲間達とも2度と会う事はないかもしれない。
そう思うと名残惜しいものだ。


そう思えただけでも、この街に長期滞在出来て良かったなと思う。
移動続きの旅はもうしたくない、1つの街に長く滞在して、その土地のいろんな事を知り、その土地の人々と交流する。いろいろな出来事や思い出がこの街に詰まっている。
今、物思いに浸れてる時間が僕にとって大切なんだ…この感情に浸れる事が僕にとって幸せな時間なのだから。


物思いに浸ってる中、1人の靴磨きの子供が僕に声をかけて来た。


チーノ!?


…。


ハポン!?


そうだと答えると、靴が汚いから2B(30円)で靴磨きどうだと尋ねて来た。
この汚れてる感じが風情があって良いんだよ…と思いながら、断ると、今度は隣にいた欧米人にその子供は声をかけた。


イタリアーナ!?


一瞬、彼女の表情がこわばったのを見逃さなかった。
彼女はドイツ人だと答えた。
どこの国の人も違う国で自分を呼ばれるのは嫌なんだなと、彼女の一瞬こわばった表情を見て感じた。


僕の感情は僕だけが思ってるだけではないんだな…。
人間である以上は、そのように嫌って思う事もあるんだ。
心のどこかで、そのような感情になってる自分が間違ってるのか、醜いのか…そんな自問自答もあったけど、彼女の一瞬こわばった表情を見て、核心に変わった。


嫌なもんは嫌なんだから、しゃーないよな。
もっと自分の感情を大切にしていかなきゃ、時には嫌な事をはっきり嫌って伝える事も大事。
基本は嫌と思ったり間違ってると思った事はすぐ口にしちゃうけど…。時に反省する事もありつつ…。


さて、次に進んで行くとするか。


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非公開コメント

No title

他人の心ないコメントには文句を言うけど
自分の心ない行為は人のせいでしょうか?

もう昔の事は蒸し返さない方がいいんじゃないですか

No title

小学生じゃあるまいし、なんで先生に言いつけたりするんですか?そんなやつ、自分で思いきり脅してやればいいのに。

Re: No title

Mさん

説明不足だったので、もう少し詳しく書きます。
まず、最初にボリビアの現状を全く知らないという事もあり、最初に先生に尋ねました。
それとアジアの歴史について簡単ながらも伝えました。
まさか、こんな身近でアジア人に対する差別があるという事は想定外だったので、その行為をどのように先生が捉えたのか確認する必要性がありました。
もしかしたら、ボリビアで差別行為はそこまで深く捉えられてなく深い意味合いがないという事も考えたので。
結果的には、重く受け止めてくれていたので、伝える意味合いは大きくあったと思います。

それからその学生は先生を通じて知り合ったので、最初はそういう行為を嫌がってる事を伝えて欲しいという形で話は終わりました。
言葉にも壁があります、ぎこちないスペイン語でその事を説明したところで、真摯に受け取ってくれるとは到底思えませんでした。
言ったところで、アジア人が訳分からんスペイン語でぶつぶつ言ってたで終わるんじゃないかと考えました。

そして先生の家族は建物の管理人なので、あまりにも度が過ぎる場合は、退去する権限もあります。
そういう事を踏まえた上で相手に伝える方が効果的だと感じましたし、1度言う事を聞かずに、また嫌がらせをしてきたので、次に人種差別を行ったら強制的に退去という事を管理人から本人に伝えたところ何も言ってこなくなりました。
ただ、街中で別の若者からそういう行為をされるので、いたちごっこになってキリはありませんが。

脅したり暴力を振るうという選択肢も無い訳ではないです。
怒りの感情があれば、だれしもそういう感情になります。
が、暴力行為や脅す行為を僕が起こす事で、先生の家族はどのように思うか考えた時に嬉しい、よくやったと思うはずがないと思いました、悲しみでしかないと思いました。

Mさんの思いきり脅してやれば良いという気持ちは、すごく分かるのですが、ぐっとこらえました。
本当はとても悔しいし、そうしたいんですけどね…。
今でもすれ違う時とか、そういう感情がフツフツと沸いてきますが、抑えてます。
明日でこの街を出るので、最後は、良い形で家族とお別れ出来たら良いなと思ってます^ー^

先生に伝えても変わらなかったのなら、その後日本語でキレてみてもよかったと思います。こういう場合、意味は伝わらなくともキレてることを最も伝えやすいのは母国語だと思うので。
まあただキレるメリットばかりでもないので悪くない選択だと思います。

No title

この記事、書くのにすごく勇気がいる事だったと思います。
言っちゃいけない、思っても口にできないことですけど、心ないことを言われたり、馬鹿にされたり、相手から悪意を向けられるとどうしたってこっちも「なんだよ・・・!」って思っちゃいますよね。
私も仕事上色んな経済状況の方にお会いしますが恥ずかしながら悪態つかれたりすると「心に余裕がないのはお金にも余裕がないからだ」だとか思ってしまう事があります。本当は幸福ってお金じゃないと思うのですが向けられた悪意に対して自分もそう思うことで直接言いはしないまでも自分の気持ちを落ち着けているんですよね。
向けられた悪意に対してサラっと流せるような人ってごくごく少数ですよねきっと。

Re: タイトルなし

銀角さん

アドバイスありがとうございます。
昨日、スクレの街に別れを告げました。
結果的には自分の選択で良かったかなと思ってます。
最後に良い形でお別れ出来て感動する出来事もあったので^ー^

Re: No title

motoさん

思った事や感じた事を出来る限り書くようにしてます。
今思ってる事が数年後、良い方向に変化していた時に、少し成長出来たかなと感じられるように。
motoさんも同じ経験をされてたんですね、自分の気持ちを落ち着かせる為にそういう考えにもなりますよね。
同じ気持ちの人が居てくれて、少し安心しました^ー^

貧乏人は心が醜いですか...
偏見を持たれてるのはどちらなのか疑問です
その感情が相手に伝わって悪循環になりますよ

Re: タイトルなし

kさん

相手に態度に出すような事はしません。
偏見はだれしも持ってるものですよ。
それを心におさめれるか、態度に出すかの問題じゃないですか。
プロフィール

ふみ

Author:ふみ
2012,12,31に世界一周に挑戦、大分出身福岡市住み1987,1生。☻☻☻☻☻☻☻☻☻☻☻☻☻☻☻☻☻☻
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